2017年05月06日

少しづつ

ブログのトップにお仕事用にメールフォームを設置してみました。
といってもまだボイスサンプルを設置していないので、依頼出すにも出しにくいかと思いますので、今日明日中に用意したいとは思っております。
少しづつ、コンテンツを用意していかないといかんですね。
posted by 永井 晶 at 11:30| Comment(0) | 仕事関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月20日

母校の中学校へ。

今日、師匠と昼食を取ったのち、師匠と母校の中学校演劇部へ行ってきました。

フルメンバーではなかったそうだけれども、だいたい10人ほどの演劇部メンバー。

今日が立ち稽古初日とのことだったけれど。

初っ端から動けている子も居てとても面白い。

俺が口出して良いのかなぁと思いながらも思うことは思うことで言って見たり。

中学生の輪の中に入り込む、という点においてはまずはクリアーできて居たと思う。

次回以降は撮影してそれを写して実際の動きをチェックする、ということも含めてやっていこうと思うのだけど。




中学生たちのコンセンサスを取るってのは、まあやっぱ難しいんだろうなぁ。
posted by 永井 晶 at 19:18| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

オーディオドラマの音と音の間。

ここ最近、参考資料と称してTwitterで宣伝されているオーディオドラマや、自分や知人の過去作品を聞き返したり、ラジオ局のラジオドラマなんかを聞いたりしているわけですが。


思ったことを覚え書きとして。

自主制作オーディオドラマで俺が途中で集中力が切れる作品にはやっぱ傾向があるんだな、と。

それは「無音・ガヤ」のシーンが長いもの。

個人的には3秒。

心理学的にも3秒前後が一つの「今を感じる」単位、とされているようで。

人間に限らず、自然界で3秒というのは大きな意味を持つ時間らしい。

ラジオ局の場合でも3秒ルールあるいは5秒ルールというものがあるそうだ。


©️講談社 波よ聞いてくれ 沙村弘明 著 

3秒だろうが5秒だろうが、結局はそれ以上の時間の間が空くと、人間はあれ? って思うものなわけだ。

俺が集中力が切れた作品を一つ例に挙げると

主人公が雑踏の中を歩くシーン、足音と背景でガヤが喋っているだけのシーン。

このシーンで次にアクションが起こるのは40秒後だった。

10倍以上の何も起こらない、何もないシーンを展開していたわけだ。

しかもリスナーからすれば、この足音が「主人公のものかのかどうか」すら、40秒後のアクションが起こるまで一切わからない。

これが映像作品であれば、歩いている人物が見えているわけだから、そんなことは起こらないだろう(それにしたってカメラワークも一切なくただ歩いているだけなら問題だと思う)。

ガヤや足音というのは厳密な「無音」ではない。が作中の出来事としては「何も起こっていない」瞬間である。

その何も起こっていない時間が3秒を超えていることで「視聴者を次の展開が起こるまで待たせている」という状態になるわけだ。

作者の目線からすれば、役者陣にやってもらったガヤをしっかり使いたい、という気持ちや世界観や雰囲気を伝えたい、という気持ちもあるだろう。

だが、それは本編の展開で伝えればいいだけだし、あらかじめ知ってほしいと思うのならあらすじ紹介なりなんなり別の手があるだろう。

放送事故、とあえていうがそれを起こしてまで伝えなくてはいけない内容ではないし、事故で伝わるものなどそもそも高が知れる。というものだ。だって集中力切れてるから。



逆に、ホラー作品の場合であれば、3秒の間を空けて何も起こさないことで、安心感を与えて、その上で驚かせる。という手は効果的なのかもしれない。ホラー映画の間がどれくらいか、測ったことはなかったが。
posted by 永井 晶 at 08:30| 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする